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高田教区の皆さまには、日頃より高田別院護持運営に力強いご支援を賜っておりますこと厚く御礼申し上げます。
さて、今般高田教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌記念事業として、高田別院山門修復と高田別院納骨堂改築を行なっていただくこととなりました。納骨堂改築につきましては高田別院独自の募財で行なわれることとなり改築の概要、予算は今後院議会等諸機関で図られることでありますが、山門修復につきましては、一億九千三百七十万円の総工費を高田教区御遠忌懇志金に含め、広く教区内の皆さまにお願いいたすこととなりました。
山門修復につきまして、各組巡回の中で厳しいご意見をいただきましたが、別院として山門修復は、庫裡焼失の前年、一九九七年から立ち上げられました「高田別院総合整備計画」に当初から含まれていた事業であり、会館建設の剰余金も山門修復を中心とした整備事業に資することが決められており、二千五百万円を高田別院回付金として拠出いたしました。
私見ですが、山門は高田別院を象徴する建物であると思っております。先日山門にカメラを向けておられる方が声を掛けて下さいました。勿論私が輪番を勤めていることなどご存じない方でしたが、「いやー立派な山門ですよね。五十年前にこの付近に住んでいたんですが、変らぬ威容で、彫り物が立派で文化財級ですよね」とのお言葉でしたので、「相当傷みがありますので、修復されることとなりました。国の登録文化財に申請中なんです。」とお応えいたしました。山門には境内から外に向けて発する「はたらき」があるのだと思います。真宗本廟の御影堂門もその威容をもって本廟を象徴し、その楼上には『無量寿経』の会座を表す釈迦三尊像が安置され、真実の教えの門をくぐれと外に向けてはたらきかけていて下さる。その門をくぐって御影堂に座せば、「今現在説法」の御真影ましまし、思わずこぼれでるお念仏が、私の声となって私に届いて下さる。
一八二七(文政十)年総欅で再建された高田別院の山門を約二〇〇年の時を亘ってどれだけの人々がくぐり、お念仏をいただいてこられたことでしょうか。
地域における教化の拠点、開法道場である高田別院を象徴する建物として、山門修復に取り組んでまいります。ご理解とご協力をお願い申し上げます。 |
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| 父の面影を親鸞様に求めて |
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高田文化協会副会長 河村一美 |
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| 筆者三歳 安塚の座敷にて |
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八月初旬、今夏は特に暑い…ようである。暑さをそれほど感じない年齢になってしまったのか、それよりもこの夏、仕事の上で二つ三つの大きな行事をつつがなくこなさなければならないという緊張が暑さを振り払ってくれているのだろう。昼日中、自転車を乗り回しているのだから、夜は身も世もなく寝てしまうので寝不足もなし、といった夏である。
そんななか『親鸞聖人を考えなさい』という天の声により二週間というもの寝ても覚めても親鸞様ひとすじであった。お盆の風情にぴったりで、私はまた親鸞様に夢中になった。
幼い頃より親しみをこめて親鸞聖人と呼んでいた記憶がよみがえる。私の実家は安塚にあった。高田の別邸に住んでいた私は毎年、夏になると安塚の、ちょっと小高い丘の上の本邸に出かけて逗留(とうりゅう)した。家も屋敷も広かった。開け放つと六十畳くらいになる広間の梁に、男衆のシモさんが太い縄をかけブランコを作って遊ばせてくれた。「こわいよ、こわいよ」と言いながら、ビュンビュン風を切る感覚とシモさんがそばにいるという安心に、「もっと乗る」とせがんでいた。
そのブランコが高く飛んだ所から大きな仏間がよく見えた。「親鸞様がいなさるんだよ、嬢ちゃん」とシモさんは教えてくれた。この家では祖父が旦那様、祖母が奥さま、母がお嬢さんで、私が嬢ちゃんだった。そして私には父がいなかった。父の話になると家族、親戚、使用人も口を噤んだ。私が本当のことを知ったのはそれから十年を経た中学三年の夏であり、もっと深い真実を知ったのはそれからまた気の遠くなるような年月がたった頃であった。
祖父母は勿論、母も、生みの父も育ての父も全部亡くなってから、すべてのことを親戚の長老から聞かされても、小説を読んでいるような感慨に浸るばかりで、せめて母でも生きていたならば女同士、もっと深い実態を聴きだせたのに、と思うばかりだった。
そう、親鸞様の話である。三つ四つくらいから私は内弁慶の手のつけられないほどのわがままな子になった。そのくせ外では友達もなく無口な子どもで、小学校の一・二年を受け持ってくれた先生は、将来この子はどうなるのだろうと本気で心配した。と後年聞いた。
祖父が聾?(ろうあ)という障がい者、父がいないという環境、地主というなにか悪いことをしてお金持ちになったという疎外感…がいつか、あの広い仏間に足を運ばせた。
先祖代々のたくさんの位牌の法名の美しさに興味を持ち、阿弥陀様の神々しさに近づいたり、そして親鸞聖人の座像の膝に触れたりと、仏間が遊び場になっていた。誰に作らせたのか、親鸞聖人の眼光は鋭く、心の底を見すかされているようで足のすくむ思いをしながらも、知らずしらず父の面影を親鸞聖人に求めていたものか。
仏間の冷たい板の問で寝てしまい「嬢ちゃんがいない」と大騒ぎを起こし、子守役のシモさんに迷惑をかけたこともあった。親鸞聖人のふところに抱かれて寝てしまったものか。
仏間の後ろがくるりと廻り廊下になって縁側を降り、築山の庭に出ると蝉しぐれ、咲き乱れる桔梗(ききょう)、竜胆(りんどう)、女郎花(おみなえし)の花野がそこに広がり、竹林がさやさやと風を運んでくれる。親鸞聖人がうしろから付いてきてくれるので、こわくない。
男に騙されて身ごもってしまった若い女中さんがどうしようもなく身を投げた池・:などと大人がこそこそと話していたが、私は水蓮の浮く池の底に向かって「親鸞聖人が来たからね、ねえやさん、大丈夫だよ」
と呟いたりもした。
いつの頃からか、子ども心にもこんな生活は続かない、と思っていたが、ほどなく白い蛇があのブランコの梁に姿を見せ、それから畳の上に落ち、草むらに姿を消した…没落のときだった。
それから六十年、今、屋敷は取り壊されたが、祖父の記念館が建ち、こぶしが植えられ、春先には雪のような真っ白い花をつける。
親鸞聖人の長女、小黒女房が私の祖先のところに嫁いでいらしたかもしれない…伝説のような実のない話であるが、
もしそうだとしたならば、父の面影を親鸞聖人に求めることもあってしかるべき、かもしれない。
来春には、満開のこぶしのもとで、親鸞聖人と二人、酒盛りをするのも悪くない。こぶしの花びらはお酒を盛るにはちいさすぎるか。
お盆は、いい夢を見させてくれる。
※ ※ ※
河村さんには、来年開催される「親鸞となむの大地展」実行委員会主催の講演会(八月五日、寺島実郎氏を迎えて実施)を縁として新潟日報紙上(秋に講演の抄録と共に掲載)で、古海法雲氏と対談をされました。金子がその案内役をしたということで「高田別院だより」に御執筆をいただくことになりました。 |
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| 御遠忌をお迎えする 私と宗祖との出遇い |
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第一組 圓照寺 藤島 直 |
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「私はどこで生きているのか〜たずねよう真宗の教えに〜」というのが、高田教区の御遠忌テーマです。「たずねる」ということは、私白身がどのような道に生きているのかを宗祖の教えに聞いていくという意味だと理解しています。
「たずねる」ためには、「宗祖」としての親鸞聖人に出遇わなければなりません。しかし、それは親鸞という人物や彼の
コトバを金科玉条(きんかぎょくじょう)にして、なにか特別なみ教えをたずねるという意味ではないようです。
『歎異抄』第二章において、何か特別な教えを知っているのではないかと京までたずねてきた関東の門弟たちに対した親鸞聖人は、その疑いを「おおきなるあやまりなり」といさめられた上で、「親鸞におきてはただ念仏して、弥陀にたすけまいらすべし」と自らの帰依するところをあきらかにされています。念仏以外には往生の道はないといわれたのです。宗祖と同時代を生き、生身の親鸞聖人に出遇われた門弟ですら、「宗祖」としての親鸞聖人に出遇えなかったということなのでしょう。遠く時代を隔てた世界を生きる私たちが、お聖教の中に、何か特別な教えを探しても、やはり「南無阿弥陀仏」の六字以外には、真宗の教えはないように思われます。
ここから考えてみるに、み教えをいただきながら、「私は本当に『宗祖』として親鸞聖人と出遇っているのか」と自らに問うことが御遠忌の意義だと思うのです。それは、真宗に出遇いながら、真宗を疑っていた私の姿があきらかにされるということです。
「宗祖と出遇う」ということは、御本尊たる阿弥陀如来を拝みながら常にその前を素通りしてきた私の姿、真に大切なことを忘れ、人に生れながら地獄・餓鬼・畜生の三悪道を生き、いつもニンゲンを失いつづけていた私の姿を深く慚愧し、ニンゲンになっていく道を歩むことと重なっていくのだと思います。 |
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| ●高田別院親鸞教室 |
| 『歎異抄』に学ぶ |
| 日時 |
毎月12日 (3月から12月) |
| 午後1時30分 |
| 講師 |
豊島 信氏 (第六組 西光寺) |
| 会場 |
高田別院本堂 |
| テキスト |
『歎異抄』東本願寺出版 |
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| ●親鸞聖人ご命日の集い |
| 日時 |
毎月27日 午後1時30分 |
| 会場 |
高田別院本堂 |
| 講師 |
| 9月 |
淀野壮介氏 |
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10月 |
内山真明氏 |
| 11月 |
山越英隆氏 |
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12月 |
礪波康範氏 |
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| 2014年3月 講師選定中 |
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| 10月1日(火)〜2日(水) |
『御伝鈔』拝読講習会 松村大栄氏(本廟部堂衆) |
| 10月7日(月) |
別院奉仕研修 講師 水嶋 聡氏(一組光徳寺) |
| 10月11日(金)〜14日(月) |
法話 北條ョ宗氏(六組照行寺) |
| 10月14日(月) |
公開講演会 講師 真城義麿氏(四国教区善照寺) |
| 10月20日(日) |
公開講座 講師 北西憲二氏
(北西クリニック院長 森田療法研究所々長) |
| 11月10日(日) |
有縁講(高田別院引率) |
| 11月26日(火)〜28日(木) |
真宗本廟(東本願寺) 御正忌報恩講団体参拝 |
| 12月31日(月) |
除夜の鐘 おしるこ無料接待 |
| 2014年 |
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| 1月1日(火)〜3日(木) |
修正会 |
お問い合わせは高田別院まで 025-523-2465 |
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| 編集後記 |
今年の夏は猛暑、豪雨と異常気象が列島を東上したり、南下したりしていました。皆さまにおかれましては体調の方は如何でしたか。このような気象がこれから常態化してくるようでは困リますが、どうなるのでしょうか。
二〇一八年にお迎えします教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌に向けて今年は、実質的に動き出す年であります。実のある御遠忌になるよう願っております。
最後になりましたが、原稿をお寄せいただいた皆さまに感謝申し上げます。 (小) |
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