高田別院だより 2014年9月5日 第29号
妙高の遅咲きのひまわり
教区御恩忌テーマを考える
「私はどこで生きているのか
〜たずねよう 真宗の教えに〜」
第十三組 福浄寺 井上 一英
親鸞聖人が承元の法難によって、この上地に流罪になった。親鸞聖人は様々な葛藤の中でこの土地に着いたに違いない。自らの立場を積極的に受け入れるということはなかなか出来なかったことだろう。「雑行を捨てて本願に帰す」。まさにそのことがわが身に問いとなってのしかかってきたことだろう。生まれて初めての土地で、罪人として、家族とともにこれからどうして生きていくのだろう。京都ではいろいろ便宜を図ってくれたようだが、うまく事が運んでくれるかどうかはわからない。不安なく、楽観してこの地に着いたとは思えない。死をも覚悟していたことだろう。

 だからこそ親鸞聖人は迷うことなくすんなりと「雑行を捨てて本願に帰す」と言ってのけた人だとは、私には受け止めにくい。様々な迷いの中で自らの迷いを教えに照らすことによって、迷いの只中にある自分を見出すことを繰り返してきた人ではないだろうか。

 たとえば恵信尼が書き記しているように佐貫(さぬき)での三部経千回読誦の時も、始めてはみたもののやはり念仏の教えに照らしてみれば必要のないことと確かめられて、中途でやめて、常陸(ひたち)の国に旅立った。そのことを済んだこととして忘れてしまうのではなく、十七・八年もたって風邪の熱にうなされる中でそのことを振り返り、念仏の教えを確かめられた。親鸞聖人はそういう人であったのだろう。 そして私たちはその方を宗祖と言い、その方の七百五十回御遠忌をこの教区において厳修しようとしているのである。

 今、私たちはこの時代の中を生きている。自らの人生をありのままに受け入れることは実に困難なことだ。しかし確かに念仏の先達がいた。親鸞聖人を宗祖として、念仏の教えにわが身を照らしつつ人生を全うした念仏者の歴史が私たちにはあることを、確かに受け止めなくてはならないと思う。
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私にとっての報恩講 第四組 養性寺 内山 順恵
 真宗の寺院に生まれて訳も解らず本堂に座り、足のしびれを我慢し、住職が内陣の阿弥陀さんの前で屈伸運動をして、(足がしびれなくていいな。早く終わらないかなぁ)、なんて思いながら勤めた幼少期が思い出される。いつの頃からかそれが『報恩講』なんだと知る。知ったからといって足のしびれを我慢するのは変わらない。住職の屈伸運動が「登高座」だと解っても足のしびれを我慢するのは変わらない。「『報恩講』 が真宗寺院にとって、年の始まりであり終わりである」、「一年中で一番大事なお勤めだ」と解っても、足のしびれは変わらなかった。

 足のしびれを我慢しながらも勤めなくてはならないのが「報恩講」なのか。嫌なら止めてしまえばいいのに、止めるという選びをしたこともない。嫌でもなく止めようとも思わない。何でなんだろう。そんな中で、最近になって自坊で『報恩講』をお勤めしている時、また法中として他の寺院へお手伝いに伺ってお勤めしている時に、足のしびれがあっても、他の方の声が聞こえてくるようになったような気がする。自分のことでいっぱいだったが、他も観れるようになった。そこで始めたのが『子ども報恩講』自分が主に行うようになってから五年位してからであるが、『御傅鈔』を止め『子ども報恩講』として始めた。(いろんな意見
があるが、とにかく子どもにもお寺に来てもらいたい)と思い立ち始めたのが思い出される。

 あれから二十数年、私にとっての『報恩講』は、私にいろんなものを教えてくれるし、いろんな見方を教えてくれる。こうでなくてはならないという見方から、こんなことも、あんなこともしてみたい、という考えに少しずつではあるが変わってきたような気がする。

 足がしびれて早く終わらないかなぁ、と思っていた『報恩講』から、私にとっての『報恩講』とは一体何なのかということを考えながらお勤めするようになってきた気がする。
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報恩講に寄せて 第五祖 林覚寺門徒 小林 義之
 宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌讃仰記念俳句大会が、京都・渉成園(枳殻邸(きこくてい)) で二年前に開催された。そのときの兼題(※1)が「報恩講」 であった。
「報恩講」は俳句の世界では冬の季題である。そして、歳時記(※2)に、次のように解説されている。
「浄土真宗の宗祖、親鸞聖人の忌日に、報恩謝徳のため行なう大法要である。親鸞聖人は弘長二年(一二六二)十一月二十八日、九十歳で入寂した。京都の東本願寺では、この忌日を結願として、二十一日から報恩講の法要を修する。二十一日の逮夜に始まり、二十五日を中日として、二十八日で満座となる。現在は陽暦で行なわれている。末寺や在家では「御取越(おとりこし)」といって、本山の法要より早めに行なわれる。なお西本願寺では陰暦をもとにして、月九日から十六日まで行なわれる。(報恩講の異称・傍題として)御正忌(ごしょうき)、親鸞忌、御七夜(おしちや)、御講(おこう)、等がある。」(「ホトトギス新歳時記」より)

 この記念俳句大会へ全国より多数の投句があり、特選句、入選句が選ばれた。それぞれの選者(安原晃前宗務総長ほか四人)の特選になったいくつかを紹介すると、

     土に生き信心に生き報恩講  美代子
     垣根越しさそひ合はせて報恩講  充啓
     大屋根ですずめも鳩も報恩講  慈朋
     報恩講済ませ本能寺を目指す  白村
     御配所に住める仕合せ親鸞忌  恵子
     畑仕舞済めば程なく親鸞忌  久江

 これらの句をよむと、本山の報恩講を詠んだととれるのもあるし、別院とかそれぞれのお寺を詠んだものと思われるのもある。どの句も真剣に自分を見つめ、周りを見つめ、今を感謝し、ともに生きていることに感謝し、親鷲聖人のおそばに居ることに感謝していることがうかがわれる。私どもに報恩講を考えさせる句でないかと思う。

 いつも、御住職に「報恩講(私のお寺では十月二日から五日まで)が終わった翌日から来年に向けての報恩講が始まっている」とのお話をきかされているが、私どもはどうも講の行なわれている時期だけに目を向けているのではないだろうか。いま少し、内省をしてみたい。

 高田別院報恩講は十月十日(金)より十三日(月)まで例年の如く行なわれるが、一人でも多くの人を誘って、ぜひ参詣したいものである。

※1兼題 会の前にあらかじめ出される題
※2歳時記 季題を分類して解説や例句をつけた書
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退職の次へ 第六組 照蓮寺 藤原 哲
 十四年と五ヶ月は、就職としては短い期間かもしれません。しかし、別院の会計という公職に近い職務としては少し長かったような思いもあります。

 平成十年の火災以後、高田別院は大きく変わりました。会館建設の熱意と落慶法要と共に執行された御親修による蓮如上人五百回御遠忌法要は別院、教区にとって大きな自信となり、宗祖親鸞聖人越後御流罪八百年法要へと繋がってまいりました。数十年に一度経験できるかどうかという建設や整備事業、法要に数多く遇わせていただきました。
 
 別院の存立意義が問われ、本山に準じた法要儀式の執行を目標とし、一人でも多くの方に別院に足を運んでいただけるよう、次世代の方に別院を身近に感じていただけるよう、自ら進んで出かけ続けました。お渡しした名刺は一,五〇〇枚になります。地域における別院の居場所を何とか確立したいと模索し続けていたような気がします。

 経理については少し経験が有りましたので今までに無かったような行事に取り組む時間も見いだせるようになりました。

 アルビレックス新潟のサッカー観戦に団体バスを出した時、各地の応援バスに混じって「真宗大谷派高円別院」と表示されたバスが並び、サポーターの話題になったこともありました。巨人戦の団体観戦、サッカー日本代表戦に小学生を引率して観戦に行ったこともありました。毎年の院議会でこれらも含め、行事報告を行いましたが、今思えば、皆様の本当にありがたい御理解の基に開催できたと
実感しております。

 夏の日帰り参詣ツアー、十一月の本山御正忌報恩講団体参拝も毎年引率させていただきました。お中元やお歳暮でいただくビール券で交換した「エビスビール」が好評を呼んだのか、リピーターも増え、併せてバスの運転手、ガイドさんとも馴染みになり、上山の日がとても楽しみとなりました。

 高田別院で同体参拝を始めるまで、高田から本山報恩講への団体参拝はほとんどありませんでしたが、住職方ともご一緒する機会を経て、徐々に各寺院に於いて参拝計画が為されるようになってきたことは、とても嬉しく感じています。

 「高田別院だより」の発刊。俳句の会、雅楽、音楽法要、私は様々な行事を企画できる一番良い時期に勤めることが出来たのかもしれません。そして何よりも、ご協力いただける沢山の方々に恵まれた在職期間でした。無理なお願いを快くお引き受けくだきった皆様へ、深甚の感謝を申し上げます。

 現在不慣れなお役で困惑する日々です。今後ともご指導の程、宜しくお願い申し上げます。

缶ジュース額に当てて盆の僧   哲
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着任のご挨拶 高田別院会計 千名 琢爾(せんな たくじ)
 昨年十二月二十一日付けで高田別院会計を拝命いたしました、第十三組最尊寺千名琢爾です。平素より崇敬区内外の皆様には、別院の護持運営にご理解を頂き、一方ならぬご協力を賜りますこと厚く御礼申し上げます。

 高田別院では、二〇一八年に厳修されます教区御遠忌の記念事業として山門の御修復、また別院の記念事業として納骨堂の改築が予定されております。藤原前会計の在任中に始まりました会館建設など一連の境内地整備も、ここに一区切りを迎えることとなり、その時期に業務に就かせていただくことに、ただ身の引き締まる思いでおります。また、先人達の願いによって建立・護持されてきた別院の存立意義を今また弘く顕かにし、地域社会の聞法道場の中心として念仏相続していくことができますよう、甚だ微力ではございますが尽力してまいる所存でございます。

 何卒、皆様の変わらぬご支援とご厚情を賜りますようお願い申し上げまして、着任のご挨拶とさせていただきます。
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親鸞となむの大地展の御礼とご報告 「親鸞となむの大地展」上越地区実行委員長
金子正美
 去る4月26日〜6月8日、長岡市の県立歴史博物館を会場に「親鸞となむの大地展」を開催致しましたところ、多くの方々のご理解とご協力により大盛況の内に会を閉じることが出来ました。入場者総数は24,037人という方々が入館して下さり、親鸞聖人をより身近に感じられたことと思います。

 名ばかりの実行委員であったこと、申し訳なく思っております。皆さま、有り難うございました。これからも新潟親鸞学会の催し物に是非、お出かけ下さい。
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高田別院俳壇 選者 堀前恵子氏
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◎定例法話のお知らせ
●高田別院親鸞教室
『歎異抄』に学ぶ
日時 毎月12日 (3月から12月)
午後1時30分
講師 豊島 信氏 (第六組 西光寺)
会場 高田別院本堂
テキスト 『歎異抄』東本願寺出版
●親鸞聖人ご命日の集い
日時 毎月27日 午後1時30分
会場 高田別院本堂
講師
9月 金子光洋氏 10月 横山英一氏
11月 教務所所員 12月 礪波康範氏
2014年3月 講師選定中
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◎高田別院行事ご案内
 2013年
10月1日(火)〜2日(水) 『御伝鈔』拝読講習会  松村大栄氏(本廟部堂衆)
10月7日(火) 別院奉仕研修 講師 佐々木道範氏(仙台教区眞行寺)
10月10日(金)〜13日(月)・(祝) 高田別院報恩講

法話 北條ョ宗氏(六組照行寺)
法話 10日 水嶋 聡氏
    11日 比後 孝氏
    12日 井上 博氏
10月13日(月)  公開講演会  講師 安藤順祐氏(能登教区願誓寺)
10月20日(日)  公開講座 講師 北西憲二氏
      (北西クリニック院長 森田療法研究所々長)
11月6日 有縁講(高田別院引率)
11月27日〜29日 真宗本廟(東本願寺) 御正忌報恩講団体参拝
12月31日(月) 除夜の鐘 おしるこ無料接待
2014年
1月1日(火)〜3日(木) 修正会

お問い合わせは高田別院まで  025-523-2465
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編集後記
今年も暑い毎日、時折各地で起きる豪雨に全国高校野球大会も二日遅れで始まりましたが、新潟県代表の日本文理の活躍に日が離せません。高校球児の粘り強さに元気をもらい、猛暑を乗り切りたいものです。(直)
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