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高田別院御崇敬地域の御寺院、御門徒の皆さまには、常に別院護持運営に心強い御支援を頂いておりますこと、厚く御礼申し上げます。
二〇一八年に厳修されます高田教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌に向け、一層の御理解と御協力をお願い申し上げます。
さて、宗祖御遠忌の特別記念事業であります「高田別院大門及び塀御修復工事」についてでありますが、教務所長選定によります入札委員会を組織し、@工事日程について、A入札内容について協議が行われました。その協議を踏まえ、二〇一四年十月一日入札公告開始、十月六日公募開始、十月二十八日公募締め切り、十一月四日入札申請者審査会、十二月十日入札のスケジュールで進められました。
十月一日から別院ホームページにて公告開始、併せて建設業界紙三紙に広告を掲載し、申請受付期間中に三社から問い合わせがありましたが、十月二十八日の入札公募締め切りには一社のみの応募となりました。これを受け十一月四日に予定しておりました入札申請者審査会を急遽、教区御遠忌常任委員会に切り替え、御協議頂き、提示した厳しい入札参加資格を満たしていること、御遠忌に向けた工期の問題等から応募のあった一社のみで入札業務を進めることが確認され、十二月十日に入札が行われました。その結果、一億六千万円(外税)で北野・清水組特定建設工事共同企業体が落札となりました。北野建設は長野市の業者で、善光寺本堂や三門他多くの文化財保存修復を行っており、清水組は上越市の業者で建築等級Aランクの企業であります。
この入札結果が、二〇一五年一月二十日午後一時より高田別院責役・常議員会、午後二時より高田別院院議会に於いて審議され、議案第一号、高田別院大門御修復(境内地模様替)についてが、両会とも全会一致で裁決されたことであります。
今後、本山への諸手続き等が行われ、三月に正式契約、四月に着工の予定で進められていくことでありますことをご報告させていただきます。 |
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| ご門徒に牽かれて奉仕研修 |
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第六組(高田) 淨國寺 山ア 慎子 |
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妙高山にハネ馬の雪形の原型がそろそろ現れはじめ、各地に桜便りが聞かれるようになる頃、雪国に住む私たちが息をつめるように待っていた春先。春の法要を前にし、別院清掃奉仕が日程に上がってきます。
秋は秋で日毎に短くなる日脚が気になり、一日一日がいとおしく思われる頃、秋のお彼岸のあとに別院のおたやを控えての清掃奉仕が呼びかけられます。
ご門徒に声をかけて快諾して頂く手前、寺に住む者が行かないではおられない、という極めて消極的な理由で、余程の用事がない限り参加するようになって久しい。
清掃奉仕の日はおしなべて晴天に恵まれ、行楽への欲求が厭が上にも高まるのですが、呼びかけた誰彼を思い出し別院へと向かいます。
いつも言われるように、この二度の清掃奉仕、本番である法要の参詣よりも大勢の参加があります。『正信偈』唱和の後、一斉に分担毎に作業に入るのですが、どこのグループでもお互いに協力し合いながら、和やかな雰囲気の中で進められます。
坊守のグループはトイレや納骨堂などの受け持ちなのですが、この数年私はあえて、声を掛けたご門徒と同じグループに入ることにしています。
折角の機会なので、ご門徒と同じ仕事をしてお茶を飲み、お弁当を共に頂くことで、いつもとは少し違う出会い方ができるように思うからです。
そこでは自坊のご門徒ではない方からも、「おまん、お磨きすんのに軍手ないのかね。手、汚れんでね。俺余計持って来てるすけ貸してやんでね。」準備の悪い私に親切に声がかけられます。
その時々の講師の御法話も、皆さん、肩の力を抜いて聴いておられる感じがします。
仏具も伽儖もきれいになり法要を待つ、意味深い奉仕研修であると納得し家路に着きます。 |
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| 奉仕研修に参加して |
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第二組(糸魚川) 常圓寺門徒 馬場 久義 |
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別院では毎年春の法要と、秋には報恩溝が厳修されている。迎える前に館内清掃と仏具のおみがきが行われ、二組からは十名程の同朋のグループで参加させて頂いている、その内の一人です。普段の参拝なら駐車場より山門を潜り、本堂玄関へと向うのが常道と知りながら今日も車から本堂へと向ってしまった。立派な歴史の残る山門が建立されていながら、今では十二本の支柱と共にある。十二本の支柱がその様にさせているのではと思うが、決して責任を支柱に転化する事は出来ない。参拝者も今一度振り返り見る事も必要に思うが、無理にという事では無い。七百五十回御遠忌までには立派な勇姿で迎えてくれると思い、今日の罪をお詫びする。
本堂で職員方よりの予定と指示を待つ。
清掃とおみがき、御法話ののちおときを御馳走になり今日の予定が終る。おみがきで、ここ数年鶴亀の燭台を預からせて頂き、おろされる時を待つ。「良かった。今年も燭台を預かる事が出来た。」どっちを見ても皆様真剣に取り組んでいる姿は美しく見える。終って乾拭(からぶ)きの方へ渡す。きれいに今年も磨き上げる事が出来たと、自己満足の気持ちで御法話の時を待つ。仏法は聴聞に極る、という事だから今日はどんなお話が頂けるのかなと思う。毎年講師方が変わり同時に演題も変わる。お話の中で「アッ!
そうだったのか」と思い起させて頂く何点かがある。これぞ講師先生の御真髄といえるのだと思い、感謝で一杯になる。釈尊のお言葉、三世十方の諸仏の本師本仏といわれる阿弥陀如来様。たゞ一仏に一向専念する事が、如来の本願によって煩悩具足の凡夫でも難度海を渡る大船に救い乗せて下さるという如来大悲の恩徳を思い起さずにいられない。今日はおみがきも上出来で、俺のが一番輝いて見える。自己満足を控え目にして、良いお詰も聞かせて頂き、美味しく食事も頂けた。
改修後四本の支柱が残るらしいが、マイナス八本の支柱が常道へと戻す為の力に成ってくれたらと思いながら、別院を後に我が家へと帰る今日一日の奉仕研修でした。 |
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| 「おかげさま」に出会う |
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第二組(糸魚川) 東淨法寺門徒 原 百代 |
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本山報恩講にお誘い頂いて、十一月二十七日の朝を迎えた。小雨の降る淋しい日だけど、私の胸は時めく晴ればれしい朝でした。糸魚川インターで満面の笑顔で別院の千名さんが迎えて下さいました。天気も京都に近づくにつれて晴天となり、途中立ち寄った彦根は最高の天気でした。バスの中は人数は少なかったけれども楽しく過ごさせて頂いた。その日の夜は家では頂けないイタリアン料理を頂き、ゆっくりと休みました。二十八日は待ちに待った報恩講。歳(とし)は重ねていても本山の報恩講に出会えたのは五回目です。何回出会えても、この喜びは人それぞれ違いますが、私には胸打つものがあります。回を重ねるたびに思う報恩講にお会い出来る事の重さ。あの広い御影堂に波うつ坂東曲。(ばんどうぶし)二時間余りのお勤め。私自身、身を洗う気持ちです。今までの人生をその時だけでも振り返り、大病もなく人並みの生活が出来たのは先祖の「おかげさま」だと深く感謝しています。その思い、その気持ちを来年のこの日まで持ち続けたいものです。でも時間が経つにつれて、自分自身の我ままが出て来て、それ以上の物を望み、自分をどうする事も出来なくなり、他人様を傷付けてしまう事があり情けなくなります。でもこの出会いを頂き、一日でもその事に気付く事が出来、これからもこの出会いを大切にして、これからは周りの人達に愛され、念仏を称える心豊かな生活を送りたいものです。
一年に一度は本山へ
一月に一度はお手次の寺へ
一日に一度はお内仏へ
この合言葉、これも先祖のおかげです。今私達が毎日何事もなく平和に生活出来る事を、今後の世代につないでいけば幸いです。本当に今回のお誘い有りがとうございました。楽しい思い出、本当にうれしく思っています。 合掌 |
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宗祖親鸞聖人御正忌報恩講に参詣して
〜感じたまま旅日記〜 |
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第十三組(頚城) 榮恩寺門徒 伊藤 芳晴 |
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私の病気、父の死がご縁で平成十年秋に初めて参詣させていただく。このたび再縁をいただく。
十一月二十七日、まだ薄暗い朝五時三十分頃に家を出て車をゆっくり高田別院まで走らせる。
バスは距離的な関係からトイレ休憩以外はただ走るのみで駆け抜け、彦根着。埋木舎(うもれぎのや)を見学し昼食。その後彦根城を案内(女性)していただき、二の丸、馬屋、表門橋、山道の巡路で進み、途中でひこにゃんに会う。本丸の天守閣で、琵琶湖の回りを見る。さすがに階投は急勾配であり、上段まで登れず、降りて参加者の皆様を待つ。黒門橋、玄宮園の話を聞き、バスの待っている所に着き一路宿に向かった。
二十八日、親驚聖人様の祥月命日だ。今日は全国から沢山の参詣者が来ることが予想されているので、宿を八時三十分に出発。一日の始まりを覚えながら予定時間どおり本山到着。
早朝から参詣者がすでに在席していた。寒さのために厚着してカイロまで身につけて待つ。やがて予定時間がきた。本山勤めをしている数知れない大勢の僧侶が次から次と出てきて席に着く。笛や太鼓で坂東曲(ばんどうぶし)が始まった。すると大勢の僧侶が一斉にお経を唱えながら上半身を上下左右に力強く動かす。その姿や堂内の雰囲気は結願日中(御満座)への参詣なしでは拝むことの出来ない仏事。このご縁を頂き拝見出来たことは、残された自分のこれからの生涯においてこの上ない喜びであると深く感動した。その後昼食をいただき、西本鹿寺・輿正寺参詣。話によると東本願寺より西本願寺の方が国宝が多くあるという。御影堂・阿弥陀堂に参詣して本願寺ブックセンターで『彿説阿彌陀経』のCDを求めて、大谷祖廟参詣に向かった。バスを降り納骨をして宿に行く。
二十九日は比叡山延暦寺参詣。前回はバスの中で皆様を待っていたので、今回は親繋聖人が九歳の時から二十九歳まで修行を積まれておられていたその地を踏み感激をする。
今回の報恩講御満座法要参詣の計画とお世話くださった関係役員の皆様、大変有難うございました。
一緒させて頂いた皆様、厚く感謝申し上げます。 合掌 |
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| ●高田別院親鸞教室 |
| 『歎異抄』に学ぶ |
| 日時 |
毎月12日 (3月〜12月) |
| 午後1時30分 |
| 講師 |
豊島 信氏 (第6組西光寺) |
| 会場 |
高田別院本堂 |
| テキスト |
『歎異抄』東本願寺出版 |
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| ●親鸞聖人ご命日の集い |
| 日時 |
毎月27日 午後1時30分 |
| 会場 |
高田別院本堂 |
| 講師 |
| 3月 |
太田空賢氏 |
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4月 |
竹田証氏 |
| 5月 |
山謙栄氏 |
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6月 |
選定中 |
| 7月 |
選定中 |
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8月 |
大滝法円氏 |
| 9月 |
藤戸真史氏 |
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10月 |
選定中 |
| 11月 |
教務所所員 |
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12月 |
礪波康範氏 |
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| 4月6日 |
別院奉仕研修 講師 山越英隆氏 (第十二組善立寺) |
| 4月10日〜11日 |
高田別院「春の法要」 |
| 8月5日 |
暁天講座 |
| 8月6日 |
不戦平和の誓いの鐘 |
| 10月8日〜11日 |
高田別院「報恩講」 |
| 11月上旬 |
有縁講 (高田別院引率) |
| 11月下旬 |
真宗本廟(東本願寺) 御正忌報恩講団体参拝 |
お問い合わせは高田別院まで 025-523-2465 |
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| ◎高田別院 「春の法要」ご案内 |
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2015年4月10日(金) 〜 11日(土) |
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| 10日(金) |
9時 |
納骨堂法要 |
| 9時30分 |
納骨者追弔永代経法要併修
全戦没者追弔法要 |
| 引き続き |
法話 龍池 修氏(第8組入光寺) |
| 13時 |
碑前法要 |
| 13時30分 |
東日本大震災追弔法要 |
| 引き続き |
法話 龍池 修氏 |
| 11日(土) |
13時30分 |
親鸞聖人御誕生会音楽法要 |
| 引き続き |
公開講演会
巨谷 学氏(おおや まなぶ)(三条教区善了寺) |
【講演に寄せて】
私共の宗門は、2011(平成23)年に、宗祖親鸞聖人の750回御遠忌を厳修致しました。又、その直前に起こった東日本大震災は一人一人の生き方を考えさせられると共に、「御遠忌」という事にも、多くの課題をつきつけました。
三条教区においては、本年5月の御遠忌厳修に向けて、様々な準備が大づめになっています。そういう中で、ふと考えさせられる事の一つに、「御遠忌」という50年に一度の大切な勝縁が、ともすれば事業やイベントに成ってしまいがちな私自身の関わり方です。
あらためて、宗祖の御遠忌に、私共真宗門徒が出会う時、それは「念仏相続の御仏事」であるという事を確かめ、皆様と共に学ばさせて頂きたいと思います。
三条教区 善了寺 巨谷 学 |
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| 編集後記 |
お正月に、次男も帰省した。結婚を約束した女性といっしょだ。
「正月三日に、檀家さんに二人の事を紹介したいが、いい?」と、たずねると、息子は女性に確認していた。日常の会話は英語と片言の日本語なので、檀家さん
のことをどう伝えるのかーと、思った瞬間「ダイゴンジ ズ サポーター」と、聞こえてきた。
訳シテ ガッテン!!(そうだね、サポーター(・・・・)はぴったりだね)と、思ったものの、後日、息子に「そのココロは?」と、たずねると、「支えてもらっているでしょ。」と、返事が返ってきた。
嬉しい言葉を聞いたーと、真新しい日記にそう書いた。
もうすぐ、春だ。 (厚) |
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