高田別院様の門前に店舗兼住居を構え二年半、それまではお寺とはお葬式という繋がりしかなかった私にとりまして、毎日様々なことを勉強させていただいております。
このたびご縁ありまして十一月二十四日から二十六日、同朋会館に宿泊し真宗本願の報恩講を参拝させていただきました。御御堂が修復工事中ですので、阿弥陀堂での報恩講となりました。ご本山での法要を参拝できるということで、若輩者の私は「参拝」というよりすっかり「観光」気分で見学してまいりました。
阿弥陀堂いっぱいの参拝者。お華束(けそく)や五具足などで荘厳された内陣。雅楽の音が響き渡り、色とりどりの衣装のお寺様方。薄暗い明かりの中での『御伝鈔』の拝読。見るもの、聞くものが初めてのことばかりで親鸞様のことを思うより、次から次へ進行される法要に夢中になっておりました。
大谷派のホームページには報恩講について「親鸞聖人の恩徳を偲(しの)び、聖人の教え、願いに応えていく、生きる確かな歩みを自他共に新たにする真宗門徒にとって最も大切な仏事」とあります。また、ご本山の報恩講の冊子には「宗祖親鸞聖人に遇う」と表紙にあります。
毎日店頭より門前を見ていますと、散歩中のご近所の方々が本堂に向かって一礼される方が多くいらっしゃいます。「そうしなければいけないのが・・・」と私も真似をして一礼してはいましたが、何となく自分でもわざとらしく感じ、落ち着かない気持ちでおりました。が、報恩講を参拝し「しなければいけないこと」ということではなく、自然に一礼できるようになったと感じております。小さなことですが、これが私にとっての報恩講であり親鸞聖人に遇うことなのかもしれません。 |