高田別院だより 2005年9月5日 第11号
報恩講に寄せて
第十一組光圓寺同朋会  堀井 ルリ
 このたび「高田別院だより」の原稿依頼があり、自身の過去をふり返り一言述べさせていただきます。

 私は安塚に生まれ育って昭和二十五年暮れに堀井家へ嫁ぎ、義母と三人暮らしから三人の子に恵まれ平和な家庭生活でした。三十六年義母が亡くなり、四十一年三月公務員の夫が急逝し、母子世帯となり途方にくれました。幼い子たち三人を何とか育てなければと立ち上がり、行政をはじめ親類、近隣の皆様方のご支援をいただき、少々の農作業をしながら近くの会社へ勤め、子どもたちを育て上げ、ようやく安定した生活ができるようになった時、もともと病弱の長女が難病のため東京の会社を退職して帰り、約一年間中央病院で入院加療中、五十五年正月二十八歳の若さで亡くなりました。当時のことを思い出すと悲哀と苦痛の日々でした。その後二女の結婚、長男も結婚して一女に恵まれ夫婦共に会社勤務で私は家事と孫のめんどうを見ながらようやく安定した平和な家庭生活にもどりました。

 十年ほど前から光圓寺同朋会の仲間入りをして、農閑期十一月から四月まで毎月、六回参加、讃歌、同朋奉讃、住職の法話、茶話会を楽しみにしています。高田別院報恩講にも約十年間光圓寺団体で参詣し最近は樽田集落の別院報恩講志のお世話方もさせていただいております。

 生家では小さい時から毎年お取越しの仏事があり、堀井家では近所の身内の皆様とお互いに誘い合わせ、寄り合い、お参りして、おときのごちそうをしたり、いただいたりして大事な仏事として和やかな話合いをして参りました。少子高齢化で家族構成も変わりおつとめだけとなりました。光圓寺同朋会例会と毎年の高田別院団参を通して、宗祖親鸞聖人が本願他力のお念仏の法(みのり)を私にまでお伝え下さったことを深く感謝し、多くの皆様方のおかげさまで生かされている私であることを喜び、今は聞法に精進し一日一日を大切に報恩念仏の生活をさせていただいております。
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