報恩講は、真宗門徒にとって最も大事な法要です。しかし昨今、その大事な法要にもかかわらず、御門徒の方々の参詣が非常に少なくなっているように思われます。そこには報恩講がどんな行事か知らないということがあるのでしょう。また、勤める側の私も、年中行事としての法要として、惰性で勤めていたように感じます。果たして「恩に報いる」という気持ちで勤めていただろうか。
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| 報恩講 (本山) |
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そんな気持ちの中、昨年、思いがけず本山の報恩講に外陣出仕(げじんしゅっし)させて頂く機会に恵まれました。今まで、役僧として、また、自坊の当院として、惰性で勤めていた報恩講とはやはり異なります。出仕の決まった当初は、普段使うことのない『正信偶句切・句淘(くゆり)』『念仏和讃 十淘・十二淘』そして『坂東曲(ばんどうぶし)』等を練習することだけで一杯一杯でした。
実際に上山し、報恩講が始まると、広い本堂、大勢の参詣者、全国から集まった出仕者という、普段経験したことのない独特の雰囲気。たくさんの人達が報恩講のために集まって来ていたのです。その中に身を置いた時、恥ずかしくも、テクニックばかりを気にして、何故報恩講を勤めるのかという、根本的なことを忘れていたことに気付かされました。
声を出してお勤めをする僧分、楽僧(がくそう)、その場に身を置く参詣者、そして滞りなく勤められるように準備・進行をする僧分及び関係者。たくさんの人達の気持ちがそこにはあり、そして同じ気持ちで、報恩講を一体となって勤めていることを感じました。
七昼夜という長い期間、様々な人達と一緒にお勤めさせて頂いたことは、非常に貴重であり、大変勉強になりました。
お勤めさせて頂く者として、テクニックも勿論大事ですが、「恩に報いる」という、その気持ちを忘れずに、これから報恩講を勤めていきたいと思います。
御門徒の皆様も、機会があれば、いや、是非機会を作って、菩提寺での報恩講は勿論、十月の高田別院、十一月の本山での報恩講にも足を運んで頂きたいと思います。 |