高田別院だより 2007年9月5日 第15号
御流罪八百年法要を終えて
第十五組 光源寺坊守  堀前 真希子
 私が御流罪八百年法要に出会わせていただけたことは大変貴重な体験でした。誰もが経験できるわけではないことですし、また一生に一度あるかないかのことです。坊守会役員から委員に委託され約三年の月日が流れました。一昨年の暮れには光源寺も会所になるということが決まり、これをご縁に…ということで・円陣の修復から始まりました。昨年の九月より工事にかかり約三ケ月、九州より職人さんが来られ土日の休みもなく突貫工事で見違えるような内陣に仕上がりました。職人さんは他に大工、左官さん等多いときには二十名近く来られて賑やかな毎日でした。また、金箔を貼る作業などは見たことが無く、是非見たいと邪魔を承知で見せていただきました。そんな工事をしている時にも各地より参詣の方が来られ、別の部屋に臨時に移設した宝物を間近に見て感銘されておられることに、聖人が御流罪になられたという事の意味を問うことの大切さを感じました。高田教区が「御流罪」という言葉を用いての法要は大変意義深いことと思います。

大谷暢門首(光源寺にて)
 四月の高田別院の法要には、私も接待係として参加するつもりでおりましたが、昨年より病気で療養しておりました父が、突然亡くなったことで、工事は中断され、別院の法要に参加できませんでした。父の突然の死は家族にとって大変ショックなことでしたが、悲しむ暇も無く法要の準備があり、人も大勢来られましたので、私にとっては元気も出、悲しさも紛れました。
 五月になると、本山、教務所などから毎日のように会場の設営に来られ緊張感が高まりました。部屋は?お道具は?相談する人もいなく不安でした。しかし、教務所の方々は私の愚痴のはけ口に、また相談の窓口であり大変だったことと思います。感謝致しております。
 この法要のおかげで様々な方とお会いし、色々な方に助けて頂き、また初めての経験をもさせていただきました。俳句もその一つです。俳句の方は出会いとまではいかないで、すれ違っただけのことかもしれませんが。私にとっての法要は人と出会い、初めての経験をさせていただいた場だと感じています。
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