御流罪八百年の記念事業の一環として発足した「別院俳句の会」の選者堀前小木菟(こもくと)の死去あと、私がお世話になって二年になります。当初、「けいこせんせい」と呼ばれて驚きました。数十年寺に住み馴れていても仏道は生半可。俳壇ホトトギスに所属していても句作は生半可。こんな私がせんせいになれるものかと悩みました。そして思い当たりました。
「前(さき)に生ぜん者は後を導き、後に生ぜん者は前(さき)を訪(とふら)ひ、連続無窮(ぐう)にして願くば休止(くし)せざらしめんと欲す。无辺の生死海を尽くさんが為のゆへなり、と。しかれば末代の道俗、仰いで信敬す可きなり。・‥」
本堂の柱に、何時の頃からか小木菟が書いて貼ってある御一抄です。末代の通俗は私にもあてはまるお言葉。更に辞書を引くと、先生は、「先に生まれた人」とあります。これですっきりしました。
別院俳句の会に集まるのは、僧俗男女を問わず、初心者ベテラン者を問わず、俳句を志す人々の、入るを拒まず去るを拒まずの集まりであることです。そしてその中の最年長者が私であることに、心おさまりました。以後、けいこせんせいに甘んじ、仲間の一人として毎月二十日に参上し、皆さんとともに楽しく勉強しています。ちなみに、別院俳句の会は、一時半、五句持寄り開会、本尊礼拝、真宗宗歌、選句、披講、選者評、最後に恩徳讃。四時には散会となります。
生前の小木菟の申しておりました言葉、「仏道を句作に学び、仏道に句作を学ぶ」の心を心とし、余命いくばくの私ですが、今を生きる仏の道を、句作にはげみ、学んでまいりたいと念じております。
野菊にも配流のあとと偲ばるる 虚子
御配所(おんはいしょ)われなく夜半(よは)を郭公(ほととぎす) 句佛
後世に遺すべく二基の「御句碑」を建立し、御流罪法要に遇い得ず小木菟は逝きました。
俳諧の吾一滴の雪解水(ゆきげみず) 小木菟
彩るはたヾ一本の藪(やぶ)椿(辞世の句) 小木菟
昨秋、思いたって、古里糸魚川の美山公園に相馬御風歌碑を訪ねました。
大空をしずかに白き要は行く
しずかに我も生くべくありけり 御風
古里はまた私の「詩心(うたごころ)」の故郷でありました。
涅槃西風(ねはんにし)今を生きよといふ言葉 恵子
春よ来いはあやくこいとロ遊(くちずさ)む 恵子
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