高田別院だより 2010年3月15日 第20号
高田大谷保育園設置六十年を迎えて
高田大谷保育園長 杉本 了恵
 高田大谷保育園が設置されてから、六十年の歳月が経過しました。しかしながら、その黎明(れいめい)期の様子をたずねようとしても、本当に残念なことですが、一九九八年の焼失により園に資料はほとんど残されておらず、ただ一九四九年六月二十九日に高田別院が保育園を開設したとの記録が伝わるのみです。

 おそらくは、敗戦の傷跡が色濃く残る一九四八年に児童福祉法が制定され、保育園が児童福祉施設として市民権を得たことを思えば、戦争がもたらした混乱や貧困からの復興をめざすうえで、保育施設は広く民衆の欲するものとしてあり、高田大谷保育園の設置もそうした社会状況に深く関係していると考えています。

 以降、さまざまな困難を克服してこられたと思いますが、殊に前掲の園舎焼失は、一気に保育園の存廃を考えなければならないという危機的状況を生み出しました。それは、高田別院の施設も同じく焼失し、その再建には莫大な経費を費やすわけですから、その財源を教区内の寺院・門徒に求める以上、閉園という選択肢も視野に入れざるを得なかったでありましょう。

現在の園舎 旧園舎 (別院御食堂)

 そうしたなか、二〇〇〇年には園の社会福祉法人化がなされ、多額の借財を背負いつつも園舎を再建、新たなスタートが切られました。お気づきのとおり、今日、法人化して十年の歳月が流れたわけです。このことは、真宗保育の拠点、現場を失ってはならないという、教区・別院・保育園の強い願いと意志との表れであり、かつ、地域の願いが後押しをしてくださった結果であると言い切らなければなりませんし、これまでに送り出した二千人になろうかという卒周児各位に対して、果たさなければならない責任であったと考えます。

 こうして高田大谷保育園は今、節目の時を迎えたわけですが、「真宗に拠(よ)って立つ保育を行う」という保育の基底を再確認し、そのことを社会に明示しつつ、子ども達とともに学び合っていきたい。このたび、園のロゴマークを定め、また、保育の理念や内容を平易に綴ったパンフレットを調製いたしましたのも、その具体的行動の一つであります。

 園を取り巻く状況は厳しいものがありますが、園設置の意義を闡明(せんめい)し保育に携わりたく、ご支援賜れば幸いです。
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