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私は どこで生きているのか |
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| 親鸞聖人親不知通行の図 大雲寺蔵 |
| 親鸞聖人が親不知の難所を通りあぐねていたところ、単衰の「たちずくみ」と名のる少年が現れ道案内をした。宿泊所の御内仏の立竦(たちずくみ)如来の袖が潮に濡れていたという。 |
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| 大雲寺宝物の立竦(たちづくみ)如来 |
| 子供の姿となり、親鸞聖人の道案内をあれたと云う |
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この表題は、数年前に教区でお勤めいたしました「親鸞聖人越後御流罪人百年法要」を受けて、「流罪からの出発−私はどこで生きているのか」という「宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要」の教区テーマであります。
このテーマは、私にとって日々の生活の中で「本当に念仏の教えをいただいている生活をしているのか」の確めであり、問いかけの言葉なのです。
御流罪八百年法要のとき、九州から参詣に来られた知人に、「ここには九州にない念仏のにおいがする」と言われました。私はその言葉に、聖人の教えは八百年の時を越えて私たちに伝えられているけれど、「いなかの人々」ということばで表現される人達と出遇ったこの越後は、他とは違うと言われたようでとても感動しました。しかし、自分自身を振り返ってみて、今、私のところまで伝わってきた念仏の教えの重さに、のんびり、ゆったりしている自分がいて恥ずかしくなりました。感動だけで終わらず、坊守として、住職やご門徒の皆さんと共に念仏申す生活をし、問い続けていかなければの願いのもと、この 「私はどこで生きているのか」があるのです。
それなのにあれから数年がたち、あるご門徒のおばあさんが、私が義母の介護をしていることを知るや「誰の世話にもならずに死にたいね」と言われ、何となく「そうですね」と安易に答えてしまった自分がいました。
意識もなくただ寝たきりの義母を前に、時にはストレスがたまりそうになりながら、愚痴を言いながら暮らしている私。でもそんな身動きひとつできない養母の姿が私に語りかけ、いろいろな問題を問いかけていることに気づきました。
義母は、ただ家族の世話になっているだけの義母ではないのです。その姿そのものが、私に真実の言葉となって働きかけてくれるのです。
自分を見失いそうになった時、改めて、「私はどこで生きているのか」の言葉に立ち返って、確め問い続けていかなければと思っています。
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