ゴールデンウィークが明けた頃から、年長組で今年も給食をいただくことにしました。この時間は私にとって、子ども達と密に触れ合える大切な時でもありますが、そうした日々にあって改めて、「食べることは、いただきますなんだ」ということに気づかされます。
今、年長組の食事時間はおよそ三十分です。食の細い子、食べるのが遅い子、苦手なおかずに苦労する子…そういう子どもにも、残さず、時間内に食べ終えてもらおうと、私を含め保育士が様々に促します。
「ひどいなあ」と思われるかもしれません。しかし、子ども達はやがて小学生になります。卒園児に「小学校で嫌なことは?」と問いかけると、「給食がねぇ…」という答えが結構、返ってくるのです。給食嫌いが学校嫌いに繋がることもありますから、保育園での給食指導はとても大切だということを実感させられます。
思えば、「食欲」と言うくらいですから、食べることは欲望です。欲望は、満たされればその時は満足しますが、満たされなければストレスになります。「欲する以上に」 「嫌いなものを」「時間内に」「がんばって」。これらは皆、ストレスでしょう。
そうしたストレスを感じているかもしれない子ども達に私達が、「他のいのちをいただいて生きている。感謝しましょう」と言葉にしても、はたしてどれだけ伝わるのか。「がんばって食べましょう。時間内に食べましょう」というあり方を問うことなしに、いのちの意味を子ども達に投げかけても、おそらくは伝わらない。自分から進んで、喜びを持って食べることができるような保育とは…そうした自身への問いかけ、学び、実践が必要だと感じています。
ですから、保育に携わる者は、まず自らが「いただきます」 の意味を学び、考える。そして、そのことを保育室の中だけではなくて、私生活に表現する。『食は強制や努力ではなくて、いただくこと。』そのことを問い返しながら、自身の保育を考えてほしいものです。
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