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帰敬式を受式して |
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林覚寺ご住職より「高田別院で、『帰敬式』 がありますので、お二人とも七十歳を過ぎているので、法名を頂いたら」と言われました。私共は、法名をいただくのは亡くなってからと思っていました。毎朝、お仏壇にお供えし、お明かりを点(とぼ)してお参りしての日課でした。ご住職のお話を聞いて、「帰敬式」をお受けすることと致しました。
二〇一〇年、十月十日、別院の参道には、屋台、出店、フリーマーケット、太鼓演奏などにぎやか。教区のバスや自家用車で駐車場は満車。本堂も報恩講のみなさんで一杯です。おつとめ、法話が終わり、「帰敬式」この人生への問いを出発点として、南無阿弥陀仏の教えに、人間としての生き方、あり方を問い学んでいこう。式が進み、「三帰依文」の、「人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し…自ら仏に帰依し…」のおことばに清められ、心が穏やかに受持することを得たり。「願わくは如来の真実義を解したてまつらん」
「南無阿弥陀仏」の御教えを学び、朝夕の『正信偈』 の勤行を生活の基本として、法座、報恩講にも参加して、学んで行こうと思っています。 合掌 |
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帰敬式とは |
帰敬式とは一般に 「おかみそり」 という名前で親しまれてきた儀式です。
おかみそりを受けて法名をいただくのは、亡くなってからと思われがちですが、本来帰敬式は、お釈迦さまの弟子になる、仏弟子となる儀式なのです。亡くなってから法名をいただくのではなく、生きている今だからこそ人間としての生き方、在り方を真実の教えに問い、学んで行こうという出発の式が「帰敬式」です。
帰敬式には髪をおろすことをかたどった剃刀(ていとう)の儀があります。髪をおろすというところに、私たちの欲望に執らわれた日頃のこころをひるがえし、虚飾(きょしょく)の生活に気付き、はなれるという意味があり、仏法を依りどころとして、たしかな生(せい)を生きる者となる、人生の方向転機が剃刀の儀なのです。 |
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法名とは |
私たちは、日頃から両親の願いがかけられた名前で生活していますが、帰敬式を受けると「釋(尼)」の字が冠せられた二字の法名が授与されます。「釋」は、お釈迦さま、諸仏の弟子となった、仏弟子としての名告(なの)りをいいます。つまり、すべての人に喚(よ)びかけられている阿弥陀仏の法を明らかにされたお釈迦さまの教えに生きる者となる、第二の誕生を意味する名告りです。 |
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報恩講帰敬式のご案内 |
| 日 時 |
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2011年10月9日(日) 午後1時 〜 4時 |
| 申込締切 |
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9月30日(金) 冥加金 12,000円 |
| 申込方法 |
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詳しくは、高田別院へお問い合わせください。 |
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