被災地支援と言いますが、私は何をしてきたのだろうか…?
振り返るとサッカーをしている子どもを見て、【この子達とサッカーがしたい】という衝動にかられ、【私はサッカーをしに来たのではない。炊き出しにきたのだ】という自己正当性のような理性でもって衝動を抑え、また、私の善人根性の性分は、善いことをしているという錯覚に陥れ、自己満足すら覚えていたことを思い出します。
炊き出しの準備も整い、近隣に炊き出しの時間を告知(宣伝)して欲しい、ということで、我先にと飛んで行ったのは、サッカーをしていた子どものところでした。
宣伝ですから「おでん作ったから食べに来て!」の一声で済むのですが。夢中になってサッカーをしながら、どうでも良いことを聞きました。
「サッカー好き?」 「ううん。バスケが好き。」「何年生?」 「五年生。」など…。
すると「ご飯終わったらまたサッカーしてね!」と嬉しい声を逆にかけられました。
陽も落ち始め、炊き出しも片付け作業に入ったので、また子どもたちのところに向かい、サッカーを楽しんだ。すると五人の上級生らしい子どもたちが、遠目で遊んで欲しそうに見ていると感じ、「一緒にサッカーやろうよ」と声をかけると、恥ずかしそうに、相談しながらも近寄ってきたのでボールを回してみると、会話は無いものの、ボールだけが不思議と回っていて、人と人をつなぐボールが、地球が転がって、いるかのような感覚になったことも思い出します。
また別の炊き出しでは、近隣のお婆ちゃんがおぼんも無しにポトフの容器を三つ持とうとするのを見て、「近くですか?一緒に運びましょうか?」と声をかけると、「じゃあ、もう一つちょうだい」と返ってきました。小学校から五分とかからないお婆ちゃんの自宅で、コーヒーをいただきながら、三月十一日からの生々しい体験を聞かせていただきました。
このような中、炊き出しは支援だが、サッカーは違うし、ご飯を運ぶのは支援だが、お茶飲みは違う。と、二分して考えていましたが、どちらも支援ではなかったかと気付かされました。
それは理論的な奇麗事の『言語』ではなく、そこに身を置いたことで寄せられる『会話』には、苦しみや悲しみ、痛みを思い出させながらも、語ることによって分かち合い、そこで励まし、励まされ、支え合いの事実に立ち返らせるものだったと考えが変わったからなのです。
ですからサッカーもお茶飲みも、触れたい、話したいー衝動的ながらも、求めずにはおれない深い欲求が関わり・つながりを呼び覚ます出来事であったと思い返されるからなのです。
被災地支援を通して、今、想われるのは…
死に向かって生きるのか? 生に向かって生きるのか? と、投げかけられ、どのように生きたいのかと質問されているようであり、自分に言い訳せずに、できることからではなく、せずにおれないことは何なのか? と質問されているようでもあります。
衝動と理性の間に立ち、偽善を偽善として暴かれ続けながら、また日常の夫婦・親子・兄弟等の身近な関係性を問われながら、支え合いの事実に呼び覚まされ続けたいと想っております‥‥。 |