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流罪から出発した親鸞(第三回) |
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| 大阪教区 南溟寺住職 |
| 戸次 公正(べっき こうしょう) |
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| ・関東を去った理由(わけ) |
親鸞は六十二歳ごろに関東を去って帰洛(きらく)した。その理由には諸説あるが親鸞自身は何も語ってはいない。ただ一つ、手がかりになる手紙の一節がある。それはこうだ。
「詮ずるところ、そのところの縁(えん)ぞつきさせたまいそうろうらん」「余(よ)のひとびとを縁として念仏をひろめんとはからいあわせたまうこと、ゆめゆめあるべからずそうろう」 (『御消息集』広本一二・聖典576頁)
この文面が暗示していることは二つ考えられる。一つには、念仏者の中に異義(いぎ)や邪義(じゃぎ)による対立と勢力争い (弟子の争奪など) が起こっていること。もう一つは、親鷲を人師(にんし)として奉(たてまつ)ることで政治的に利用しようとする動きがあったことである。後者について想像力を働かせて推察すると、そこには宇都宮蓮生(うつのみやれんしょう)がからむ。彼は下野国(しもつけのくに)の豪族で、北条家や源家とは姻戚(いんせき)関係にある。さらに蓮生は在京の時期に法然の門下になっていた。彼はおのれの政治上の地位を確保するために念仏衆を保護し、いざという時の味方につけようと画策していた。蓮生はたえず親鷲の動静を注視(ちゅうし)し、宝来(ほうらい)(犬神人(いぬじにん)とも呼ばれるキヨメの被差別民)に見張らせていた。蓮生の野望は自分の領内に天皇の勅願寺(ちょくがんじ)を建立し、関東念仏衆の中心にして幕府に対抗する力関係を保つことであった。そのもくろみに親鷲を乗せようとしていた。親鸞は蓮生の謀略(はかりごと)を察知し、自分のうかつさを悔(く)い、この地での縁は尽きた。くれぐれも余のひとびと (在地の権力者) との利用関係に踊らされてはならないと手紙に書いたのだ。おそらくこのようなエピソードにもとづいて描かれたのが、三国連太郎原作・監督の映画作品「親鸞・白い道」 の後半(こうはん)である。
こうして親鷲は関東を去ることを決意し、妻恵信尼と別居して独り京都へ帰ったのだ。
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| ・御身(おんみ)ひとりのことにはあらず |
建長年間 (一二五〇〜五五年)、親鷲七十八歳から八十三歳にかけて念仏への弾圧事件が起こる。その事態に対処するため性信(しょうしん)は鎌倉幕府の法廷に臨み一応の決着をつける。そのことを報告した性信への返信で親鷲は言う。「この訴(うった)えのことは、あなたの御身(おんみ)お一人の問題ではないのです。念仏者すべての問題なのです」(『御消息集』広本七・聖典568頁)
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| ・世にくせごと −承久の変− |
親鷲はその文に続けて、かつて師の法然らと遭遇した承元(じょうげん)の法難(ほうなん)を回想しながら述べる。さらにそれを、その後に「世にくせごと」が起こったことと結びつけて「それにつけても念仏をふかくたのみて、世のいのりにこころいれて」と語りかけているのである。
「世にくせごと」 の曲事(くせごと)ーおきてや道理に反すること、けしからぬ事件、それへの処罰−とは 「承久(じょうきゅう)の変(へん)」 のことである。
それは後鳥羽上皇が念仏者を死罪・流罪と弾圧した年から十四年後の承久(じょうきゅう)三年 (一二二一) に起こった。源実朝が暗殺されたのである。上皇はこれを好機とみて幕府にクーデターを起こすのだが、幕府軍の前に敗退した。上皇らに対する幕府の処置は厳しいものだった。
後鳥羽上皇は隠岐(おき)へ、順徳上皇は佐渡(さど)に島流しになった。土御門院は土佐へ流された。仲恭天皇は在位わずか七十余日で廃位となり、後堀河天皇 (後鳥羽上皇の兄の子) が即位した。その年、法然門下の天台僧・聖覚(せいかく)が 『唯信砂(ゆいしんしょう)』を著わした。聖覚は後鳥羽院の信頼も厚い人物で彼の感化もあって後鳥羽院の心境に変化が起こり始めた。
延応元年 (一二三九)、死の直前に後鳥羽上皇は隠岐の配所で『無常講式(むじょうこうしき)』を書いた。そこには 『往生要集(おうじょうようしゅう)』 の文などにより、すさまじい怨念(おんねん)から転じて深く「わが身と世の無常」を嘆じて往生を願う心が表白(ひょうびゃく)されている。
かつては栄耀栄華を極めた院が、孤島の一流人(いちるにん)となって念仏に救いを求めるようになったのである。念仏への弾圧者が回心(えしん)して念仏者となったのである。
このことをさして親鷲は「それにつけても念仏をふかくたのみて、世のいのりにこころいれて念仏もうしあわせたまうべし」と認(したた)めているのである。『無常講式』 の文章は、親鸞滅後百年頃に、存覚(ぞんかく)(親鸞の曽孫、覚如の長男)『存覚法語(ぞんかくほうご)』 に引用された。さらに蓮如が 『白骨(はっこつ)の御文(おふみ)』で孫引(まごび)きしているのである。 (つづく)
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